大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 平成9年(ラ)64号 決定

抗告人

株式会社和光技建

右代表者代表取締役

鈴木欽也

相手方

佐藤容子

第三債務者

住友生命保険相互会社

右代表者代表取締役

浦上敏臣

主文

一  原決定を取り消す。

二  抗告人と相手方との間の盛岡地方裁判所花巻支部平成八年(ヨ)第一四号仮処分申立事件について、同裁判所が平成八年一〇月二一日にした仮処分決定を認可する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも相手方の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「保全抗告状」記載のとおりである。

二  当事者双方の提出した疎明資料及び原審における参考人に対する審尋の結果によれば、次の事実を認めることができる。

1  抗告人は、一般土木測量・設計、一般土木施工・施工管理等を目的として昭和五九年五月一一日に設立登記された株式会社であり、佐藤正博(以下「正博」という。)は、抗告人の設立時から平成八年一〇月九日に死亡するまでの間、抗告人の代表取締役であった。

2  抗告人は、平成五年三月一日、第三債務者との間で、次の生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(一)  保険名称 逓減定期保険特約付終身保険

(二)  保険契約者 抗告人

被保険者 正博

保険金受取人 保険契約者(保険金受取人の指定変更権留保)

(三)  死亡保険金

平成五年 六九九四万二九〇〇円

平成六年 六七〇〇万九五六七円

平成七年 六四〇七万六二三四円

平成八年 六一一四万二九〇〇円

以下、契約締結後二二年が経過するまで保険金額が逓減し、それ以降は定額になる。

(四)  保険料 年一二回払込み、一回当たり四万五九八七円

3  抗告人は、後記6のとおり保険金受取人変更及び保険契約者変更の手続が行われるまでの間、保険金を支払った。

4  正博は、平成八年三月二二日、医師から末期肝臓癌に罹患している旨を告げられた。

5  平成八年三月三〇日、正博の右症状を踏まえ、正博が議長となって、抗告人の臨時取締役会が開催され、次の趣旨の決議がされた。

(一)  正博の病気治療につき職務遂行ができなくなり、今後正博が死亡するに至れば会社経営が不可能になるので、事業を縮小する。

(二)  正博が死亡した場合の持株権は、正博の妻佐藤容子(相手方)及び実弟佐藤俊英が引き継ぐ。

(三)  正博が死亡した時に住友生命(第三債務者)から受け取る保険金は、現在残っている抗告人の借入金の返済及び諸経費の支払に充当し、残金がある場合は正博の功労に対する功労金として佐藤容子(相手方)に支払う。

(四)  その他(略)

6  第三債務者北上支部長の会田始は、相手方から、正博が本件保険契約の保険契約者及び保険金受取人を変更したい旨の意思を有しているとの連絡を受けたため、平成八年九月九日、正博が入院していた病院に赴いた。正博は、同日、同病院の病室内において、会田が持参した名義変更請求用紙の「現契約者」欄に「株式会社和光技建代表取締役佐藤正博」と自署して抗告人の登録代表者印を押印し、「新名義」欄の「契約者」部分に「佐藤正博」と自署して自己の印を押印し、「保険金受取人」部分に「佐藤容子」と記載し、これを会田に交付した。以上のとおり、本件保険契約は、平成八年九月九日から保険契約者を正博に、死亡保険金受取人を相手方に変更する手続が執られたが、抗告人の取締役会による承認はない。

7  正博は、平成八年一〇月九日に死亡した。

三  右認定の事実によれば、正博は、本件保険契約に関し、(一) 抗告人の代表取締役として、第三債務者との間で、保険契約者の地位を抗告人から正博個人に変更する手続と、(二) 抗告人の代表取締役として、保険金受取人を抗告人から自己の妻に変更する手続をしたことになる。

そこで、これらの行為の効力について検討する。

1  まず、保険契約者変更の手続は、旧契約者と新契約者との間で、当該保険契約上の権利義務をそのまま旧契約者から新契約者に承継させることを内容とする合意であるとともに、新旧両契約者が保険者との間でも、それぞれ同様の内容の合意をすることを内容とするものと解することができる。したがって、この保険契約者変更の手続は、抗告人の代表取締役としての正博と個人としての正博との間の合意、第三債務者と抗告人の代表取締役としての正博との間の合意、第三債務者と正博個人との間の合意を含む行為ということになる。そして、抗告人は、この手続により、保険金受取人の指定変更権や解約払戻金受領権等を含む保険契約者としての地位を失うことになる反面、代表取締役である正博は、個人として保険契約者としての地位を取得し、右のように抗告人が失った各権利やそれまで抗告人が保険料を支払ったことによる利益を取得するのである。したがって、右保険契約者変更の手続は、会社である抗告人と取締役であった正博との利益が相反する取引であると解すべきであり、抗告人の取締役会の承認がない以上、抗告人は、相手方に対し、その無効を主張することができる。

2  次に、前記保険金受取人変更の手続により、会社である抗告人は、保険金受領権を失い、正博の妻佐藤容子(相手方)がこれを取得することになる。これは、妻が夫と社会的経済的に同一の生活実態を有していることにかんがみれば、実質的に会社である抗告人と取締役であった正博との利益が相反する行為といわざるを得ない。特に前記認定のとおり、正博は、自ら抗告人の取締役会に出席し、本件保険契約による保険金を抗告人の借入金の返済及び諸経費の支払に充当する旨の決議に参加していながら、その五か月余り後に保険金受取人変更の手続をしているのであり、その背信性は大きい。

もっとも、保険金受取人を変更する権利が留保された生命保険契約における保険金受取人を変更する旨の意思表示は、保険契約者の一方的な意思表示によって効力を生ずるものである(最高裁昭和六一年(オ)第一〇〇号同六二年一〇月二九日第一小法廷判決・民集四一巻七号一五二七頁参照)が、商法二六五条一項の取引とは、必ずしも契約に限られるものではなく、右のような単独行為について、その適用あるいは類推適用を排除するものではないと解すべきである。

したがって、右保険金受取人変更の手続については、代表取締役である正博自身の取引と同視し得るものとして、商法二六五条一項を類推適用することができるものと解すべきであり、抗告人は、相手方に対し、その無効を主張することができる。

なお、前記認定の事実によれば、この保険金受取人変更の手続が抗告人代表者である正博による行為ではなく、保険契約者変更手続によって新たに保険契約者になった正博個人による行為であると解する余地がないではない。しかしながら、前示のとおり、保険契約者変更の手続自体が商法二六五条一項に違反して無効であり、正博個人を正当な保険契約者とすることはできないのであるから、いずれにしても保険金受取人変更の手続を有効なものと解することはできない。

四  以上によれば、本件保険契約に基づく抗告人の保険金請求権を被保全権利とする主文掲記の仮処分決定は相当であるから、これを認可すべきところ、これを取り消した原決定は相当ではないので取り消したうえ、右仮処分決定を認可することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官安達敬 裁判官畑中英明 裁判官若林辰繁)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例